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TOP > おすすめ旅行プラン > 世界遺産候補キリスト教教会群とキリシタン文化 2泊3日

おススメ旅行プラン

玄界灘 いか料理と伊万里焼の旅 - 佐賀県有数の観光地を巡りながら、玄界灘で捕れた新鮮な呼子のイカを楽しむ佐賀県をのんびりと満喫できるコースです。佐賀の歴史と美味しい料理、美肌温泉と全てに満足できること間違いなし!

1日目

スタート

長崎空港・長崎駅

10:00

10:50

バスで50分
スポット01

そとめ くろさききょうかい外海 黒崎教会

外海 黒崎教会

黒崎教会1897年にド・ロ神父の指導で敷地が造成され、1899年から建設計画が進行、1920年に完成した、遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会。
聖堂は信徒が奉仕と犠牲の結晶として一つひとつ積み上げたレンガで造られている。煉瓦造、平屋、桟瓦葺(さんかわらぶき)の簡素な構成が煉瓦の美しさを際立たせており、深い奥行を持つ内部はリブ・ヴォールト天井と呼ばれ、ステンドグラスが印象的だ。付属する鐘楼は隠れキリシタンの帰依を願って設置されたもの。

長崎県長崎市上黒崎町26
0959-25-0007

11:50

11:55

バスで5分
スポット02

えんどうしゅうさくぶんがくかん遠藤周作文学館

遠藤周作文学館

遠藤周作文学館自らがキリスト教徒(カトリック)であり、信仰を主題とする作品を多く著した作家遠藤周作に関する資料の収蔵展示と研究の場として、2000年(平成12年)5月に当時の西彼杵郡外海町により「外海町立遠藤周作文学館」として開館した。その後、2005年1月4日に同町が長崎市に編入合併されたのに伴い、同市に引き継がれている。
旧外海町は隠れキリシタンの里として知られ、遠藤の代表作の一つである『沈黙』の舞台となった。1987年(昭和62年)11月には『沈黙』の文学碑が外海町の出津文化村内に建立されている。
遠藤が1996年(平成8年)9月に死去した後、遺族や親交のあった関係者により文学館の建設構想が進められ、複数の候補地の中から外海町が選ばれた。

長崎県長崎市東出津町77
0959-37-6011

13:30

13:35

バスで5分
スポット03

しつきょうかい出津教会

出津教会

世界遺産 出津教会明治15年(1882)、ド・ロ神父の設計施工で建てられた教会『平成23年(2011)に国の重要文化財に指定された』。その後、明治24年(1891)に一部改造、同42年には玄関部を増築し、現在の教会の形が整えられた。この玄関部に、祭壇の屋根にある既存の装飾等のほかに鐘塔を設けるという珍しい外観。外壁は煉瓦造り、玄関は石作り、内部は木造で、三廊式の漆喰塗り平天井となっている。屋根は瓦葺。しかもとても低い。これは、海岸に面した風の強い立地条件を配慮しての建築なのだそうだ。鐘楼の鐘は神父がフランスから取り寄せたもので、朝夕に美しい鐘の音を谷間一帯に響かせている。さだまさし原作の映画「解夏」の撮影が行われたことで有名になった。

長崎県長崎市西出津町2633
0959-25-0012

14:35

14:36

バスで1分
スポット04

そとめれきしみんぞくしりょうかん外海歴史民俗資料館

外海歴史民俗資料館

外海歴史民俗資料館外海地区の長い歴史、先人達の足跡や暮らしぶりを伝えることを目的に設置された。歴史・民俗・考古・産業・宗教・姉妹都市に関する数多くの資料を展示。特にマリア観音など隠れキリシタンに関する資料が豊富に揃っている。

長崎県長崎市西出津町2800
0959-25-1188

15:36

15:46

バスで10分
スポット05

おおのきょうかい大野教会

大野教会

世界遺産 大野教会1599年の平戸領主松浦氏の弾圧で長崎に亡命したキリシタン籠手田一族にゆかりあると伝えられる地。1893年、信徒のためにド・ロ神父が設計し、私財を投じて信徒とともに石造りの教会を建てた。

長崎県長崎市下大野町
0959-24-0211

16:45

17:55

バスで70分

ゴール

スポット06

いなさやまかんこうほてる,やたろう稲佐山観光ホテル,矢太樓

稲佐山観光ホテル

稲佐山観光ホテルおつかれさまでした。
世界新三大夜景に選ばれたの夜景を望む稲佐山中腹に位置する「稲佐山観光ホテル」で、自慢の温泉と料理をお楽しみください。

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矢太樓

矢太樓・矢太樓南館おつかれさまでした。
熱いお茶をご用意しております。 料理長自慢の料理とお風呂でおくつろぎください。

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2日目

スタート

稲佐山観光ホテル,矢太樓

9:00

9:10

バスで10分
スポット01

おおうらてんしゅどう大浦天主堂

大浦天主堂

わが国最古の教会国宝大浦天主堂西坂の丘で殉教した26聖人に捧げるため、フランス人プチジャン神父によって建てられた教会で、正式名称は「日本二十六聖人殉教聖堂」。日本最古の木造ゴシック様式の教会で、国宝に指定されている。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産。

長崎県長崎市南山手町5-3
095-823-2628

10:10

11:30

バスで80分
スポット02

うんぜんじごく おいとじごく雲仙地獄 お糸地獄

雲仙地獄 お糸地獄

切支丹弾圧の舞台となった雲仙お糸地獄その昔、島原城下で、たいへん裕福な生活をしていたのに密通をしたあげく、 夫を殺してしまったお糸という女がいました。 お糸が処刑されたころにこの地獄が噴出したので、 「家庭を乱すと地獄に落ちるぞ」という戒めを込めてこの名前がつけられたと云われます。

13:00

13:40

バスで40分
スポット03

はらじょうし原城址

原城址

島原の乱の激戦地世界遺産 原城址原城は1496年、東肥前までも勢力を延ばし当時26万石ともいわれた領主・有馬貴純によって築かれたといわれ、周囲4キロの三方を有明海に囲まれ 難攻不落の天然の要害で、本丸・二ノ丸・三ノ丸・天草丸からなり、 別名「日暮城」とも呼ばれた美しい城であった。
晴純の代に至り、有馬氏の全盛時代となったが、次第に衰退、義直時代には、佐賀の龍造寺により再三侵略されたが、 島津氏の救援で島原沖田畷にて勝利をおさめ、 島原半島の南部をかろうじて維持できた。 有馬晴信が1612年に岡本大八事件に連座し配流・切腹となり、子直純が再度有馬の地をおさめたが、2年後日向に転封となった。
その後、1616年大和五条より松倉重政が入封、 一国一城の令によって島原城(森岳城)を築城したので、 日之江・原城は廃城となった。
1637年、この廃城となっていた原城に一揆が籠城した。世にいう「島原の乱」である。
昭和13年5月30日、国の史跡文化財に指定。
原城本丸には南島原市出身の彫刻家・北村西望による祈りをささげる天草四郎像や、西有家町の民家の石垣に埋もれていた天草四郎の墓石が移されている。

長崎県南島原市南有馬町丁133
0957-85-3155

14:40

14:50

バスで10分
口之津港

15:00

15:30

船で30分
鬼池港

15:40

16:10

バスで30分
スポット04

とみおかじょうし富岡城址

富岡城址

富岡城址富岡城は天草下島の北西、砂州で繋がった陸繋島の富岡半島の南東部の丘陵上にある梯郭式の平山城である。城の南には堀の役割を果たした袋池があり、東部には砂嘴に囲まれた巴湾が天然の土塁となって海からの外敵を防衛する役割を果たしていた。また、陸からの攻撃は砂州のみしかない。極めて攻撃し難い天然の要害を形成していた。 1994年(平成6年)より城の発掘・復元が計画され、国立国会図書館にある『肥前甘艸富岡城図』をもとに丘陵上の本丸に復元作業が行われた。2005年(平成17年)3月復元作業が終了し石垣や櫓が復元された。本丸の櫓は展示施設「富岡ビジターセンター」となり、天草の歴史・文化・自然などが紹介されている。

熊本県天草郡苓北町富岡2217
0969-35-2366

17:10

17:30

バスで20分

ゴール

スポット05

しもだおんせん下田温泉

熊本県天草市(旧国肥後国)にある温泉。開湯は740年前とされる。開湯伝説によれば、白鷺が傷を癒しているところを発見したとされる。白鷺に因む開湯伝説を持つ温泉地は、他にも下呂温泉、湯田川温泉、湯来温泉などがある。
昭和38年4月23日 - 厚生省告示第203号により天草下田温泉として国民保養温泉地に登録。

ジャルディンマール望洋閣

ジャルディンマール望洋閣おつかれさまでした。
日本の夕陽百選にも選ばれた天草西海岸の天草灘に面し、東シナ海を一望できるオーシャンビュー。水平線に夕陽が沈む瞬間をゆっくりとご覧ください。

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2日目

スタート

ジャルディンマール望洋閣

9:00

9:20

バスで20分
スポット01

おおえてんしゅどう大江天主堂

大江天主堂

丸みのあるドームが特徴大江天主堂キリスト教解禁後、天草で最も早く造られた教会で、現在の建物は昭和8年(1933年)天草への伝道に生涯を捧げたフランス人宣教師ガルニエ神父が地元信者と協力して建立した。
丘の上に建つロマネスク様式の教会。

天草市天草町大江1782
0969-22-2243

10:20

10:30

バスで10分
スポット02

さきづてんしゅどう崎津天主堂

崎津天主堂

畳敷きの教会世界遺産候補崎津天主堂長崎の建築家・鉄川与助によって設計されたゴシック様式の教会で、現在の教会は、1934年(昭和9年)、フランス人宣教師ハルブ神父の時代に再建された。(明治以来3回の建て直しが行われた。)
教会は、尖塔の上に十字架を掲げた重厚なゴシック様式で、その堂内は国内でも数少ない畳敷きになっている。
建てられた土地は、ハルブ神父の強い希望で、弾圧の象徴である絵踏みが行われた吉田庄屋役宅跡が選ばれた。この禁教時代に厳しい絵踏みが行われた場所に、現在の祭壇が配置されたと言われている。
1569年(永禄12年)、ルイス・デ・アルメイダ神父によってキリスト教の布教が行われたこの地では、1638年(寛永15年)の禁教令以後、激しい弾圧を受けながらも240年間に渡って「潜伏キリシタン」として信仰が守られてきた。
この教会は「海の天主堂」とも呼ばれ、教会が建つ漁港一帯は、1996年(平成8年)、日本の渚百選「キリシタンの里 﨑津」に選ばれ、2001年(平成13年)には、日本のかおり風景100選「河浦 﨑津天主堂と海」、2011年(平成23年)には、天草市﨑津の漁村景観が「国の重要文化的景観」にも選ばれている。

天草市河浦町崎津574
0969-78-6000

11:30

11:40

バスで10分
スポット03

これじおかんコレジオ館

コレジオ館

天草本やグーテンベルク印刷機(複製)は必見天草コレジヨの開校や天草本の出版など、16世紀以降に河浦の地に伝えられた南蛮文化の資料を多数展示。
日本初の活版印刷による天草本や、展示されているグーテンベルク印刷機(複製)は必見。南蛮船模型、西洋古楽器の複製や、天正少年使節団の足取りをたどるビデオ(20分)も見ることができる。
グーテンベルク印刷機は、天正年間日本人として初めてヨーロッパを旅行した4人の少年使節団が持ち帰ったもので、その複製が展示してある。
ドイツ人、ヨハン・グーテンベルクがぶどう酒のしぼり機をヒントに発明。それから、150年余りを得て、1591年、印刷機は長崎の加津佐から、天草コレジヨへ設置。当時、ヨーロッパの出版部数が300~500部といわれていた中で、天草コレジヨでは1,500部以上が印刷されていたといわれる。しかし、この印刷機は宣教師の国外追放とともにマカオへ送り返された。
また、併設の世界平和大使人形の館は世界の平和を願って57か国から人形が届き、子供たちの幸せと平和を訴える民族衣装に身を包んだ117体の人形を展示している。

熊本県天草市河浦町白木河内175−13
0969-76-0388

13:00

13:45

バスで45分
スポット04

ほんど じゅんきょうこうえん・きりしたんかん本渡 殉教公園・キリシタン館

殉教公園

殉教公園キリシタン天草種元が1589年の天草五党の乱で小西行長・加藤清正軍に囲まれ、領民とたてこもって滅びた居城跡。天草・島原の乱の戦死者の慰霊の塚でもある。キリシタン墓碑が集められ、整備されている。

熊本県天草市船之尾町12
0969-22-3845
キリシタン館

キリシタン館島原・天草一揆で使用された武器や国指定重要文化財の天草四郎陣中旗、キリシタン弾圧期の踏み絵、隠れキリシタンの生活が偲ばれるマリア観音など、約200点が展示されます。
4つのゾーン(天草キリシタン史、南蛮文化の伝来と島原・天草一揆、乱後の天草復興とキリシタン信仰)に分け、解りやすく解説。

熊本県天草市船之尾町19-52
0969-22-3845

14:45

15:35

バスで50分
スポット05

あまくさめもりあるほーる天草四郎メモリアルホール

天草四郎メモリアルホール

天草四郎の生涯がわかる天草四郎メモリアルホール伝説と謎に包まれたわずか16歳の少年、天草四郎を中心に繰り広げられた信仰の戦い「天草・島原の乱」。ここ天草四郎メモリアルホールでは「天草・島原の乱」の歴史的背景及び南蛮文化の影響を受けた当時の模様を資料と映像によりわかりやすく紹介しています。天草四郎の真の姿と民衆の熱き思いを今に伝える体験的テーマ館です。

上天草市大矢野町中977-1
0964-56-5311

16:30

17:50

バスで80分

ゴール

熊本駅・熊本空港

おつかれさまでした

コースマップ

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